前回は速球系のボール(フォーシーム、シンカー、カッター)をスタットキャストのデータで見てきました。今回はその後編!チェンジアップ、スプリッター、スライダー、そして最近話題のスイーパーなど、いわゆる変化球やオフスピード系のボールが、データ上どういう特徴を持っているのか、そして「半速球」という言葉とどう関わるのかを探っていきましょう。
スタットキャストによる変化球・オフスピード系の分類
- チェンジアップ (Changeup / CH):
- どんな球?: これぞ「半速球」の代表格!一番の武器は、ピッチャーがストレートと全く同じ腕の振りで投げてくるのに、ボールのスピードがガクンと遅いこと。だいたいストレートより8~15 mph(約13~24km/h)くらい遅いのが普通です。これでバッターのタイミングを完璧にずらします。握り方(サークルチェンジとかパームボールとか)によって、沈んだり(ドロップ)、利き腕の方向に逃げるように変化(フェード/ラン)したりすることが多いです。
- データの特徴: ストレートとの明確な球速差。沈み込みや利き腕方向への変化が多い。回転数はストレートより低い傾向。スタットキャストでの略称はCH。前田健太投手のチェンジアップのすごさもデータで証明されています。
- 役割: バッターのタイミングを外す(緩急)、空振りや弱いゴロを打たせる。
- スプリッター (Splitter / FS) / フォークボール (Forkball / FO):
- どんな球?: 人差し指と中指でボールを深く挟んで(スプリットフィンガー)投げるボール。これもストレートに近い腕の振りから投げられ、バッターの手元で急激にストンと落ちるのが最大の特徴。スピードはチェンジアップより速く、ストレートより遅いことが多いです。空振りを取る能力が非常に高いボールです。日本ではフォークボールと呼ばれることが多いですね。
- データの特徴: チェンジアップとストレートの中間の球速帯。非常に大きな縦の変化(ドロップ)。回転数がすごく低いのが特徴です。スタットキャスト略称はFS(スプリッター)かFO(フォーク)。最近はシンカーとスプリッターのハイブリッド「スプリンカー(Splinker)」なんて球種も出てきています。
- 役割: 空振りを取る(決め球)、ゴロを打たせる。
- スライダー (Slider / SL):
- どんな球?: 変化球(ブレーキングボール)の代表格。カッターよりはスピードが遅いけど、カーブよりは速いことが多いです。ピッチャーの利き腕と反対方向(グラブサイド)に曲がりながら、下に落ちる(ドロップ)のが一般的 。曲がり方や鋭さはピッチャーによって様々です。
- データの特徴: ストレートとカーブの中間の球速帯。グラブサイドへの横変化と縦の落下。回転数は高い傾向。空振りを取る能力が高いです。スタットキャスト略称はSL。
- 役割: 空振りを取る、バットの芯を外す。
- スイーパー (Sweeper / ST):
- どんな球?: 最近めちゃくちゃ注目されている、スライダーの仲間です。最大の特徴は、従来のスライダーよりも、とにかく横に大きく曲がる(スイープする)こと。多くの場合、普通のスライダーより少しスピードが遅めで、その分ボールがゾーンを横切る(スイープする)時間が長くなります。普通のスライダーの横変化が平均6インチ(約15cm)なのに対し、スイーパーは平均15インチ(約38cm)も曲がることがあるとか!その動きから「フリスビー・スライダー」なんて呼ばれることも。ボールの縫い目の向きを利用した「シーム・シフテッド・ウェイク」という現象で、予測以上に曲がることもあるそうです。
- データの特徴: スライダー系の球速(やや遅め)。ものすごく大きいグラブサイドへの横変化。縦の変化は普通のスライダーより小さいことも。2023年からスタットキャストの正式な球種分類(ST)に追加されました。
- 役割: 大きな横変化でバットの芯を外し、弱い打球や空振りを誘う。
分類の難しさと「連続性」
大事なのは、これらの球種分類はあくまで分かりやすくするためのカテゴリー分けで、実際のボールがいつもきれいに分けられるわけじゃない、ということです。
- カッターとスライダーの境界線: スピードが速くて変化が小さいスライダーは、カッターと見分けがつきにくいことがあります。ジェイコブ・デグロム投手の「スライダー」は、データ的にはカッターに近いと言われることも。「スラッター」 なんていう中間の呼び名があること自体、境界が曖昧なことを示しています。
- チェンジアップとスプリッターの境界線: 握り方が違うと言われますが、実際のボールの動きや回転数が似ていることもあります。どっちに分類されるかは、ピッチャー本人の呼び方や、分析システムの判断基準による場合もあります。
- スライダーとスイーパーの区別: スイーパーは、横変化が極端に大きいというデータ上の特徴から、新しいカテゴリー(ST)が作られました。データ分析が新しい球種の認識を生んだ例ですね。
さらに、スタットキャストの分類は、ピッチャー本人がどう呼んでいるかを尊重する面もあるので、ボールの物理的な特徴がそっくりでも、ピッチャーが違う名前で呼んでいれば、違う球種として分類されることもあるんです(例:デグロム投手のスライダー vs. リン投手のカッター )。
結論:データの中身を見よう!
だから、「半速球」という言葉を単純に特定の球種に当てはめるのではなく、そのボールが持つ具体的なデータ(球速、変化量、回転など)に注目することが、本当の理解につながります。球種の名前はあくまで目印。その中身である物理的な特性こそが、ボールの効果を決めているんです。
変化球・オフスピード系ボールのデータ比較(MLB平均/典型的範囲)
球種 |
略称 |
平均球速 (mph) |
平均水平変化 (in) ※捕手目線 |
平均垂直変化 (in) ※捕手目線, 重力込 |
平均回転数 (RPM) |
主な変化方向/特徴 |
スライダー |
SL |
82-88 |
4-12 (グラブサイド方向) |
45-60 (落下) |
2200-2800+ |
グラブサイドへの変化、落下 |
スイーパー |
ST |
80-85 |
12-20+ (グラブサイド方向) |
50-65 (SLより落下小の場合も) |
2300-2700 |
グラブサイドへの非常に大きな水平変化(スイープ) |
チェンジアップ |
CH |
80-88 |
8-16 (利き腕方向が多い) |
50-65 (沈み込み) |
1500-2000 |
球速差、沈み込み、利き腕方向への変化(フェード) |
スプリッター |
FS |
84-90 |
< 10 (左右対称に近い場合も) |
55-70+ (大きな落下) |
1200-1800 |
大きな落下(ドロップ)、回転数低 |
注: これはあくまで一般的な目安です。変化量はStatcast基準(重力込み、捕手目線)。水平変化の正負は右投手の場合、負がグラブサイド(左打者方向)、正が利き腕サイド(右打者方向)。垂直変化は値が大きいほど落下大。
これで、スタットキャストが分類する主要な球種を見てきました。次回は、これらの球種が実際のピッチング戦略の中で、どのように使われているのか、「緩急」や「欺瞞性」といった観点からデータで読み解いていきます!