聞き手:ダラゴ(Webライター) × 専門家:ユキ(キャリア戦略コンサルタント)でお送りします。
ダラゴ: ユキさん、本日はお時間をいただきありがとうございます。今日は、安井元康さんの著書『極端のすすめ』について、専門家であるユキさんにお話を伺いたいと思います。この本の「やることは徹底的にやる、やらないことは徹底的にやらない」というサブタイトル、非常に強烈なメッセージですよね。まず、この本に対するユキさんの第一印象はいかがでしたか?
ユキ: ダラゴさん、こちらこそありがとうございます。おっしゃる通り、非常にインパクトのあるキャッチコピーですね。この一文に、安井さんの哲学が凝縮されていると感じます。現代は多様性やバランスが重視される風潮もありますが、それに対して「中途半端は価値を生まない、一つのことを極めろ」と、ある意味で挑戦的な問いを投げかけている。そこがまず興味深い点です。
ダラゴ: 著者である安井さんご自身の経歴も、この哲学と深く結びついているように感じます。
ユキ: まさにその通りだと思います。安井さんは1978年生まれ、明治学院大学国際学部をご卒業後、2002年にMCJ(マウスコンピューターの親会社)に入社され、異例の速さで昇進し、26歳という若さで執行役員経営企画室長(グループCFO)に就任されています。その後、ケンブリッジ大学でMBAを取得され、コンサルティング会社を経てMCJに復帰、2017年からは社長兼COOを務められました。ご自身を「非学歴エリート」と称し、東洋経済オンラインで「非学歴エリートの熱血キャリア相談」という連載を持たれていたことからも、従来の学歴偏重やジェネラリスト志向とは一線を画すキャリア観をお持ちであることがうかがえます。このご自身の経験が、「極端」なまでの専門特化という哲学の根底にあるのではないでしょうか。
ダラゴ: なるほど。本書の中心的な主張として、「オール5志向を捨て、一つの分野で10を目指せ」というものがあります。この「徹底的にやるか、全くやらないか」という二元的なアプローチについて、ユキさんはどのように評価されますか?
ユキ: この哲学には、明確な光と影があると思います。最大の「光」、つまり強みは、圧倒的な専門性と市場における明確な差別化を実現できる可能性があることです。自分が「何者であるか」「何ができるか」が非常にクリアになる。
一方で「影」、つまり弱みとしては、硬直性が挙げられます。一度決めた道を「極端」に進むため、もし市場のニーズや自身の興味が変化した場合、方向転換が難しい。また、最初に選択した分野が適切でなかった場合のリスクも大きいと言えます。さらに、常に一つのことに極度の集中を強いるため、精神的な燃え尽きのリスクも考慮すべきでしょう。変化の激しい現代においては、この戦略を採用する際には、こうしたリスクを十分に理解し、覚悟を持つ必要があります。
ダラゴ: 本書では「傘型人間」というユニークな人材モデルも提唱されていますね。これは、よく言われる「T型人材」や「Π(パイ)型人材」とは、どのような点が異なるのでしょうか?
ユキ: 良い点に注目されましたね。「T型」は一つの深い専門性(縦棒)と、幅広い分野の知識(横棒)を持つ人材、「Π型」は二つの専門性を持つ人材を指します。これらに対して、安井さんの提唱する「傘型人間」は、まず核となる非常に深い専門性(傘の柄)を一本、徹底的に鍛え上げることを最優先します。そして、その他のスキルや知識(傘の布地)は、あくまでその「柄」であるコアスキルを補強し、支えるために存在するもの、という位置づけです。T型やΠ型が持つ「横棒」部分の広がりや独立性よりも、「柄」である単一のコアスキルへの依存度と、そこからの派生という関係性をより強く意識したモデルと言えるでしょう。より一点突破、一点集中型のイメージですね。
ダラゴ: もう一つ、本書で示される具体的なアドバイスとして、「学ぶなら、その分野の『ランキング一位』からのみ学べ」というものがあります。これもかなり「極端」な考え方ですが、これについてはどう思われますか?
ユキ: これも安井さんらしい、非常にシャープなアドバイスですが、実践においては注意が必要だと考えます。もちろん、最高レベルの人や情報源から学ぶことの価値は計り知れません。しかし、「ランキング一位」の定義自体が主観的であったり、分野によっては明確でなかったりする場合もあります。また、トッププレイヤー以外の中堅層や、あるいは異分野の専門家から得られる基礎知識や多様な視点にも、大きな価値があります。イノベーションはしばしば、予期せぬ知の組み合わせから生まれますからね。さらに言えば、常に「一位」の人物にアクセスできるとは限りません。質を追求する姿勢は重要ですが、「一位からのみ」という限定は、現実的には視野を狭め、学習機会を制限してしまうリスクがあると言わざるを得ません。
ダラゴ: ありがとうございます。さて、現代を語る上で欠かせない「AIの進化」という文脈で、この『極端のすすめ』の哲学を捉え直すと、どのような意味合いが見えてくるでしょうか?
ユキ: それは非常に重要な問いですね。AI、特に生成AIの進化によって、定型的な業務や、ある程度の知識・スキルを要するタスクの自動化が進んでいます。この流れの中で、人間に求められる価値は、AIには真似できない、より深い専門性、創造性、複雑な問題解決能力、あるいは人間固有の感性やコミュニケーション能力といった方向にシフトしていくと考えられます。
安井さんの言う「極端」な専門特化は、まさにこうしたAIが代替しにくい高次のスキルを磨き上げることにつながるため、AI時代における有効な生存戦略、差別化戦略になり得ると言えるでしょう。
ただし、ここにも注意点があります。それは、自分が「極端」に突き詰めた専門分野そのものが、将来、予期せぬ形でAIに代替されてしまうリスクです。技術の進歩は非連続的ですからね。
ですから、「極端」な集中を追求しつつも、自身の専門分野を取り巻く技術動向や社会の変化に対する感度は、常に高く保っておく必要があるでしょう。一つの専門性に深くコミットしつつも、状況に応じて学び直しやピボット(方向転換)ができるような、ある種の「しなやかな極端さ」が求められるのかもしれません。
ダラゴ: なるほど、「しなやかな極端さ」ですか。興味深い視点です。そうした点を踏まえると、この「極端」なアプローチは、どのような人に特に向いている、あるいは有効だと考えられますか?
ユキ: まず、自分が情熱を傾けられる、あるいは「これだ」と確信できる専門分野が既に見えている人には、非常に強力な推進力となるでしょう。また、研究職や職人的な専門職など、深い専門性が直接的に評価される分野でキャリアを築きたい人にも適しています。安井さんご自身のように、学歴などの既存の物差しではなく、独自のスキルで道を切り拓きたいと考えている人にとっても、有効な戦略となり得ます。
逆に、キャリアの初期段階で、まだ自分の適性や興味の方向性を探っている最中の人や、プロジェクトマネージャーのように、多様なタスクや関係者を調整し、全体を俯瞰する能力が求められる役割の人にとっては、このアプローチをそのまま適用するのは難しいかもしれません。
ダラゴ: この本は2018年に草思社から出版され、Amazonのレビューを見ると、12件の評価で平均4.1と、読んだ人からの評価は概ね高いようですが、爆発的なベストセラーという印象でもありません。この点についてはどう思われますか?
ユキ: 評価が高いのは、やはりメッセージが明確で、特定の読者層には強く響く内容だからでしょう。一方で、レビュー数がそこまで多くないのは、やはりその「極端」さ故に、万人に受け入れられるタイプの書籍ではないからかもしれません。多くのビジネス書が「バランス」や「多様なスキルの習得」を説く中で、本書の主張はかなりラディカルです。そのため、共感する人と、違和感を覚える人がはっきり分かれる内容だったのではないでしょうか。東洋経済での著者インタビューなど、メディア露出もあったようですが、主流のキャリア論に対するカウンターとしての側面が強かったのかもしれません。
ダラゴ: 最後に、この『極端のすすめ』の哲学を、現代を生きる私たちが自身のキャリアや学びに活かすとしたら、どのような心構えや具体的なアクションが考えられるでしょうか? ユキさんから読者へのアドバイスをお願いします。
ユキ: 本書のメッセージを鵜呑みにして、いきなり明日から全てを捨てて一つのことだけに没頭する、というのは現実的ではないかもしれません。私が推奨したいのは、この哲学を「段階的」かつ「戦略的」に取り入れることです。
まず、キャリアの初期や、新しい分野に挑戦する際は、ある程度の幅を持って情報収集や経験を積み、自分の強みや市場で価値を発揮できそうな領域を探る「探索フェーズ」を持つ。そして、「これだ」という分野が見えてきたら、意識的にリソースを集中させ、深く掘り下げる「集中フェーズ」に移行する。安井さんの言う「極端」さを発揮するのは、このフェーズです。
重要なのは、集中フェーズに入った後も、定期的に立ち止まって自分の進む方向性や市場の変化を再評価し、必要であれば軌道修正する「調整フェーズ」を設けることです。これにより、硬直化のリスクを低減できます。
また、現代ならではのアプローチとして、AIツールを積極的に活用することも有効です。スケジュール管理、情報収集、資料作成の補助など、自分のコアスキル以外の周辺タスクをAIに任せることで、より多くの時間とエネルギーを「極端」に集中すべき領域に注ぎ込むことが可能になります。
「極端」であること自体が目的ではなく、「焦点を絞った意図性」を持って、限られたリソースを最も効果的な場所に投下するという考え方が、本書から得られる最大の学びではないでしょうか。
ダラゴ: 段階的な適用、定期的な見直し、そしてAIの活用。非常に実践的なアドバイスですね。「極端」という言葉のインパクトに目を奪われがちですが、その根底にある「意図的な集中」の重要性を改めて認識しました。
全体を通して、安井さんの「極端」の哲学の本質がよく分かりました。最後に、読者の方々におすすめの資料はありますか?
ユキ: はい、キャリアについてさらに深く学びたい方には、安井元康さんの「非学歴エリートの熱血キャリア相談」を強くおすすめします。東洋経済オンラインで連載されていたこのコラムでは、「学歴なし、コネなし、カネなし」で成功を収めた安井さんが、悩めるビジネスパーソンからの相談に対して、実践的で遠慮のないアドバイスを提供しています。
理想論ではなく、ビジネスの最前線で実際に役立つ具体的な戦略が満載です。特に従来の学歴エリートルートとは異なる道を歩みたい方、自分だけの価値を創造して差別化を図りたい方にとって、この連載は大きなヒントとなるでしょう。安井さんの『非学歴エリート』や『極端のすすめ』といった著書と合わせて読むことで、より体系的な理解が深まります。
キャリアの岐路に立っている方、現状に行き詰まりを感じている方、そして何より「個」の力で成功したいと考えている方は、ぜひ一度目を通してみてください。きっと新たな視点と実践的なアイデアが見つかるはずです。
ダラゴ: 素晴らしいご提案をありがとうございます。今回のインタビューをきっかけに、多くの読者が安井さんの哲学から自分自身のキャリア戦略のヒントを得られることを願っています。
ユキ: こちらこそ、ありがとうございました。この本が、皆さんのキャリアを考える上での一つの刺激となれば幸いです。
本記事は安井元康著『極端のすすめ:やることは徹底的にやる、やらないことは徹底的にやらない』(草思社、2018年)の内容及び関連情報源に基づき構成されました。
プロフィール:
- ダラゴ: フリーランスライター。テクノロジー、ビジネス、カルチャーを中心に、時代の変化を捉える記事を多数執筆。
- ユキ: キャリア戦略コンサルタント。個人の強みを活かしたキャリア設計、特に変化の激しい時代における専門性の構築支援を専門とする。著書に『パーソナル・コア・コンピタンスの見つけ方』がある。