前回は、「半速球」という言葉の曖昧さと、それを解き明かす鍵となる「スタットキャスト」についてお話ししました。今回は、そのスタットキャストが一体どんなデータを計測して、ピッチャーの投げるボールを"丸裸"にしているのか、その基本を見ていきましょう!
スタットキャストは、投球の「質」を客観的な数字で評価する最先端技術です。これを知れば、「あのピッチャーのボールはなぜ打たれないのか?」がもっと具体的に分かってきますよ。
スタットキャストが計測する主なデータ
- 球速 (Velocity / Velo):
- おなじみ、ボールのスピードです。通常マイル毎時(MPH)で表示されます。バッターが反応できる時間を左右する、最も基本的な要素ですね。
- 回転数 (Spin Rate / SR):
- ボールが1分間に何回転しているかを示す数値(単位はRPM)。一般的に、フォーシーム(ストレート)やスライダー、カーブなどは、回転数が多いほどボールの変化が大きくなる傾向があると言われています。MLBの平均的なフォーシームは約2250 RPM、カーブは約2400 RPMくらいだとか。でも、ただ多ければ良いというわけでもないのが面白いところ。
- 回転軸 (Spin Axis) / 回転方向 (Spin Direction) & アクティブスピン (Active Spin):
- ボールがどう変化するかを決めるのは、回転数だけではありません。「どの軸周りに回転しているか(回転軸)」が超重要。この軸によって、ボールにかかる力(マグヌス効果)の向きが決まります。
- さらに大事なのが「アクティブスピン」(スピン効率 とも)。これは、ボールの全回転のうち、実際に変化に貢献している回転の割合のこと。例えば、ライフル弾みたいなただの縦回転(ジャイロ回転)成分が多いと、いくら回転数が高くてもあまり変化しません。逆に、ボールを曲げたり浮かせたりする横回転(バックスピン、トップスピン、サイドスピン)成分が多いほど、変化は大きくなります。だから、回転数だけでなく「回転の質」を見ることが、ボールの変化を理解するカギなんです。
- 変化量 (Movement / Horizontal & Vertical Break):
- ボールが左右(Horizontal)と上下(Vertical)にどれだけ変化したかをインチ(inches)で計測します。ポイントは、これが重力の影響も含んだ、実際にボールが飛んだ軌道を示していること。キャッチャーから見てどう変化したか、という「見た目」に近いデータなんです。他の分析システムでは重力を除いた変化量を使うこともありますが、スタットキャストはリアルな軌跡を追っています。
- 平均比較変化量 (Movement vs. Average):
- これがスタットキャスト分析のキモ!単に「何インチ曲がった」という絶対値だけ見ても、ボールのスピードが違うと公平な比較になりません(遅いボールは飛んでいる時間が長いので、重力でより大きく落ちる)。
- そこでスタットキャストは、同じ球種で、スピード(±2 mph)やリリース位置(±0.5フィート)が近い他のMLBのボールと比べて、どれだけ変化が大きいか(小さいか)を示します。
- 例(フォーシーム): 「平均より垂直変化が大きい」= 平均的なフォーシームより落下が少ない(=ホップして見える、"Rise")。高回転のきれいなバックスピンがかかっている証拠で、空振りを誘いやすいボールです。
- 例(カーブやチェンジアップ): 「平均より垂直変化が大きい」= 平均的なボールより落下が大きい("Drop")。
- この「平均との比較」こそが、バッターの予測をどれだけ裏切っているか、つまりボールの「いやらしさ(欺瞞性)」を数字で示してくれるんです。バッターは無意識にボールの軌道を予測しているので、その予測からズレるほど打ちにくい、というわけですね。「半速球」が持つタイミングをずらす効果なども、この指標で客観的に評価できます。
- リリースポイント (Release Point) & エクステンション (Extension):
- ピッチャーがボールを離す位置(高さ、横の位置)と、ピッチャープレートからどれだけ前で離しているか(エクステンション)も計測 。これらは、バッターが感じる体感速度や、後で説明する「ピッチトンネル」という考え方に影響します。
これらの客観的な数字を使えば、「半速球」のようなフワッとした言葉が指しているボールの特徴を、具体的に分析できるわけです。次回は、これらのデータを使ってスタットキャストがどうやって球種を分類しているのか、そしてそれが「半速球」のイメージとどう繋がるのかを見ていきます!